入社4年目にして思うこと。

早いもので入社してから4年目に入りました事務員Kです。

50歳目前にして全く新しい職場で働く機会に恵まれ、新卒の新入社員のような心境であった当時のことを思い起こすと、周りの方々やお客様によって、ゆっくりではありますが、随分と仕事のスキルをあげさせていただいたなあ、と感慨深く思います。

とは言え、一つとして全く同じ内容の案件というものは無く、新しい案件に取り組み始めるときは、少なからず緊張を伴います。法律の改定とともに、書類の様式は変わるので、それに対応するために根本的な法律の改定について学んでいかなければならないからです。また、書類の作成から申請までの流れ全体を把握しながら、書類を完成させるために詳細な情報を効率よく得る必要があります。

行政書士の仕事に携わってから3年は既に経ち、確実に身に付けた部分もありますが、まだまだ未知の分野は広がっており、日々、勉強の毎日です。

頂いた一つ一つの仕事に全力を尽くし、良かった点、今後の課題となる点を反省しつつ、お客様に満足して頂けるよう、一層のスキルの向上に励んでいきたいと思います。

オムレツ親子

こんにちは、事務員Tです。

 

早いもので事務所が移転して3ヶ月が経過いたしました。

新しい環境にもだいぶ慣れて、日々邁進しております。

 

そして! 浜松国際行政書士法人に新しい仲間がやってきました。

その名も事務員Oさん!

Oさんの経歴は素晴らしく

英語はペラペラ、行政書士の資格だけでなく通関士の資格まで持っている

スーパーウーマンです。

一方、資格と言えば相変わらず運転免許(AT限定)しか持っていない私ですが、

気合と根性で頑張っていきたいと思います!

 

ところで、先日娘に作ったお弁当の話なのですが

牛乳の賞味期限が1週間過ぎていることに気づかず

その牛乳で作ったオムレツを、お弁当に入れてしました。

賞味期限に気づいたのは、娘が登校して1時間経過してからでした。

あせる私。

 

①賞味期限が1週間切れてても、加熱してるから大丈夫だろうか?

②いや、これで食中毒でも起こしたら大変だ。

③娘に食べないように伝えないといけない。

④学校に連絡するしかない。

⑤しかし、こんな事で学校に電話するのは恥ずかしい。

①に戻る。

 

①→②→③→④→⑤

この思考を5回くらい繰り返し

腹をくくって学校に電話をしました。

先生もお忙しいだろうに、くだらない電話をして本当に申し訳ありません。

 

その夜、家に帰って来た娘から

「担任の先生が笑いながらオムレツの事を伝えてきて

隣のクラスの先生からも「オムレツ食べちゃダメだよー」と言われ

午後に学年主任の先生にも「オムレツ食べなかったー?」と聞かれたのだけど、

とても恥ずかしかった」

と苦情を受けました。

 

それを聞いた時

私のオムレツは間違いなく職員室で話題となり

私は「オムレツ母さん」として認識されただろうなと覚悟をしました。

そしてきっと「オムレツ娘」と認識されてしまった我が子よ。

すみません。共にたくましく生きていきましょう。

事務所、お引越しします!

こんにちは、事務員Tです。

気が付けばもう12月!

早いものですね。

最近の浜松国際行政書士法人は、ありがたいことに忙しいです。

 

そして発表があります・・・。

実は、来年早々に事務所がアクトタワー10階へお引越しします!

(アクトタワーの場所はこちらをクリック!)

 

事務所の場所が変わり、ますますパワーアップしていきますので

これからもご愛顧よろしくお願いします。

 

ところで。

アクトタワーへ移転するにあたり

何か浜松国際行政書士法人の特色を出していきたい!と思った私。

 

星の数ほどいる行政書士先生の中で(そんなに居ませんが)

うちの米倉先生の名を浜松中に轟かせるためには何をしたら良いのか・・・。

170以上の会社が入っているアクトタワーで

浜松国際行政書士法人の名を広く認知してもらう方法は何だろうか・・・。

 

考えました。

夜しか寝ないで考えました。

 

そして、米倉先生の奥様が茶道を嗜んでいると知り

その関係で米倉先生が袴を持っていると聞いた瞬間、閃いたのです。

 

「米倉先生! アクトに引っ越した際は、毎日袴で出社してください!」

 

コレだ! コレしかない!!

アクト内で抜群に目立つし、外国人のお客さんにも喜ばれる!

正直、名案だと思いました。

 

そして私の脳裏に未来が浮かびました。

米倉先生が袴姿で颯爽とアクト内を歩く姿が。

みんなから「袴センセイ」と呼ばれ

久保ひとみさん(静岡県の超有名リポーター)にインタビューされる姿が・・・。

 

しかしながら

袴で出社をお願いした私に対し

事務所の皆さんは一様に困った表情を浮かべていました。

 

事務員Aさん「いやいやいや、袴はちょっと・・・(笑)」

事務員Bさん「(微笑んだままそっと目をそらす)」

 

何故だろう・・・。

ものすごい良い案だと思ったのに・・・。

 

その後、米倉先生に優しく諭され袴は諦めたものの

自分の発想はおかしいのかと家族に聞いてみました。

 

娘「袴で出社は無いわー」

夫「それ本気で言ったの?(恥ずかしい・・・)」

 

・・・・・・。

どうやら自分は少数派だと認めざるを得なくなりました。

 

ここで心くじけた私は

間違いなく賛同してくれる人に連絡を取りました。

 

母「袴いいじゃない! 久保ひとみさん来るわよ!」

 

あぁ、お母さんありがとう。

全く同じ事を考えましたね。

でもどうやら我ら、少数派のようですよ。

 

ちなみに父親にアクトタワーの件を伝えたら

「お前にアクトタワーは似合わない」と、ひどい事を言われました。

くじけず生きて行きたいと思います。

小学校時代の黒歴史

こんにちは、事務員Tです。

 

人に歴史あり。と言われるように

うちの米倉先生は大手保険会社でバリバリと働いた後

行政書士の資格を取り現在に至ります。

輝かしい経歴です。

 

一方私は・・・・特にありません。

とりあえず毎日を頑張って生きております!

 

ところで先日、テレビで小学校時代に住んでいた場所が放送され

懐かしい気持ちで見ていたのですが

ついでにその時の恥ずかしい黒歴史を思い出してしまいました。

 

どのような思い出かというと

 

黒歴史1:蟻の巣に向かって砂糖を撒く

マハラジャごっこと命名したこの遊びは

札束の代わりに砂糖を撒くのですが

「おほほほほー、マハラジャさまからのお恵みよー」

などと蟻に向かって呟く怪しい子供でした。

 

黒歴史2:視聴覚室に現れるオバケを見に行く

金曜日の12時(昼)に視聴覚室の暗幕を引いて

部屋を真っ暗にするとオバケが出るという噂がありました。

試してみたい! という気持ちはあったものの

12時はまだ4時間目の授業が終わっていない時間でした。

 

そこで私は「気分が悪いので保健室に行く」と先生に嘘をつき

教室を抜け出しました。

(良い子は真似しないでください)

こそこそと視聴覚室へ向かい

教室中の暗幕を引いて部屋を真っ暗にしました。

 

が。

特に何も起こりませんでした。

結局4時間目が終わるまで視聴覚室に居て

その後給食を食べるためにすごすごと教室へ戻りました。

 

黒歴史3:異世界へ行くために廊下を走る

放課後誰もいない1階の廊下を走ると異世界に行ける。

そんな噂があり、ある日みんなが帰るまで学校に居残り

誰もいない廊下を一人で何往復も走ったことがありました。

何も起こらなかった気がするのですが

実は今ここが異世界なのかもしれません。

 

と、こんな恥ずかしい思い出が色々あるのですが

考えてみると私はこれらをすべて一人で行っています。

 

友達はいたはずなのに、思い出はいつも一人きり・・・。

なぜだろう・・・。

 

うん、やっぱりここは異世界で

友達とは離れ離れになってしまった。という事にしようと思います。

 

私の特技

こんにちは、事務員Tです。

 

私は履歴書の資格欄に記入できる資格が

自動車の運転免許証(AT限定)しかない人間でして

常日頃なにか資格が欲しいなぁと考えています。

 

以前、母親から

「せっかく行政書士の先生の元でお仕事してるのだから、勉強をしてみれば」

と言われたことがありまして

事務所に置いてある参考書を開いてみたのですが

2分で睡魔に襲われて断念しました。

 

そういえば私、社会科苦手だったなぁ。

などと学生時代をしみじみと思い出してしまいました。

(仕事は米倉先生の指導の元、きちんと頑張っているのでご安心ください!)

 

それにしても、人間なにかしら特技はあるはずだ!と

自分の特技について考えてみました。

すると一つだけ思い当たることがありました。

 

それは「冷たいもの食べても頭が痛くならない!」です。

 

はい、すごくどうでもいい特技です。

履歴書の自己PR欄に記入したら

真っ先に不採用になるパターンです。

辛いです。

 

しかし、なぜ頭が痛くならないのか。

いろんな人に聞かれたことがあるのですが

実は幼少時代アスリート並みに鍛えていたのが原因だと思っています。

 

幼少時代、私の母はお菓子を滅多に与えてくれず

おやつの時間はバナナやみかんなどのフルーツが主でした。

 

フルーツが体に良いのはわかるのですが

刺激的なものを食べたかった私は

氷をたくさん入れたコップと

おばあちゃんが漬けた梅干を一緒に食べていました。

 

それを春夏秋冬、毎日毎日やっていたたため

すっかり特異体質な人間になってしまったのだと思います。

 

大人になった今も

冷蔵庫の側を通るたびに氷を食べてしまいます。

これはほぼ無意識でやっていることなので

お客さんの前でもやってしまって、驚かれたことがあります。

 

とまあ、こんな特技しかない私ですが

もし何か社会貢献出来る事があったら教えてください。

よろしくお願いします。

 

ディズニーランドの思い出

こんにちは、事務員Tです。

 

最近在留資格の申請がオンラインで出来るようになり、

弊社も入管へ足を運ぶ回数が減ったものの

オンライン未対応の特殊な依頼を受けると米倉先生が入管へ赴きます。

しかし入管は大抵混雑していて、

申請書を提出するだけでも1時間以上かかることがざらにあります。

 

並ぶことが苦手な私にとって頭の下がる思いですが

なるべく人混みを避け、並ばないように生きてきた私も

たくさんの行列に並ばざる得ない事がありました。

5年ほど前の話ですが、娘がディズニーランドに行きたいと言ったのです。

 

ディズニー……。

夢とネズミと行列の国……。

 

若かりし頃、私と同じく行列が苦手な夫と

何を血迷ったのかディズニーランドへ行ったことがありました。

しかし敷地内に入って早々に夫の体調が悪くなり、

アトラクションを一つも体験しないまま帰るという苦い思い出がありました。

 

行きたくない。

行きたくないでござる。

 

そう思ったものの、一度くらいは連れて行かないといけないような謎の義務感に襲われ、

家族で1泊2日ディズニーランドとディズニーシーに行くことにしました。

 

1日目、ディズニーランド

早々に並ぶことに疲れたと言い出した娘。

行列が苦手な両親の血を色濃く受け継いでいるようで、

夕方には宿泊先のホテルへと向かいました。

 

2日目、ディズニーシー

夫、体調不良で倒れる。

 

夫に関しては「またか」という一言に尽きました。

多分彼はディズニーに嫌われているのだと思います。

 

仕方なく娘と2人でディズニーシーへ行くと

娘が「ミッキーと写真が撮りたい」と言いだしました。

そこで写真が撮れる場所へ行くと「60分待ち」という看板が……。

 

ネズミさんと写真を撮るだけで60分待ち……。

辛い……。

 

娘に60分待てるか聞くと、大丈夫と言い張るので仕方なく並びました。

立ちっぱなしで60分。辛かったです。

離脱したくなる自分を叱咤激励し、なんとかミッキーにたどり着きました。

 

何度も言います。60分です。

60分待ったからには楽しまないと損です。

私はミッキー大好きになったつもりで写真を撮ろうと決意しました。

 

なので目の前に現れたミッキーに対し

「わーーーっ! ミッキー!! ミッキーーー!!!!!」

と歓声をあげながら両手を広げてハグを求めました。

 

私の剣幕に一瞬動きが止まったミッキーですが、

そこはプロのネズミ、すぐに動いてハグをしてくれました。

そしてミッキーと恋人同士のように(いい歳をしたおばさんですが)

腕にしがみついて写真を撮らせてもらいました。

その間ミッキーは嫌な顔一つせず、素敵な笑顔で対応してくれました。

さすがです。

 

一方娘は私の突然のハイテンションに怯えながらも

ミッキーと手をつないで写真を撮ってもらっていました。

 

その後別れ際に

「ありがとうミッキーーー!!ありがとうーーー!!!」

私は両手をブンブン振って感謝を告げました。

 

娘からの視線は痛かったですが

ミッキーファンになった時間はとても楽しく

60分待ちの元が取れた気がしました。

 

その後ヨロヨロ状態の夫が現れ、

3人でパーク前で写真を撮ったあと

遊び足らないとぼやく娘の手を引き早々に帰路につきました。

 

家に着いたあと娘に「ディズニー楽しかった?」と聞いてみると

「次は大きくなってから友達と行く」と呟いたので

まあそりゃそうだろうな。と思いました。

 

邪魔してくる父

明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願い致します。

 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは、事務員Tです。

当事務所の米倉先生は毎朝散歩を日課にしていて

常に身体に気を使った健康的な生活を送っています。

 

一方私は運動嫌いなインドア派なため

犬の散歩と通勤以外は常に家で過ごしています。

 

そんな生活が祟ったのか

先日の健康診断で「骨粗鬆症一歩手前」と診断され

「このままの生活だと再来年には骨粗鬆症になっているかも」という

恐ろしい宣告を受けてしまいました。

 

運動をしなければ!

と、小魚をかじりながら決意をし

階段の昇降や犬の散歩を小走りで行うなど

毎日ちょっとずつ頑張っていたのですが

先日10キロのお米を持ち上げたらギックリ腰になってしまいました。

 

激痛で倒れたまま動けない私の上を

犬が走り回るという悲惨な状況の中

とりあえず携帯電話のある場所まで這いずって行き

母にヘルプの電話をかけたのですが

 

「お父さんがゴルフに行っちゃって車が無いから助けに行けないわー」

と笑いながら言われました。

 

その言葉を聞いて思ったことは

「またか」でした

 

というのもブログで散々書いております私の風変わりな父は

いつもいつもいっっつも

わざととしか思えないタイミングで私の邪魔をしてくるのです。

 

今までで一番心に残っている思い出は

首都圏に単身赴任をしていた父の元に

夏休みを利用して泊まりに行った時のことです。

 

私が父の元へ到着した次の日

父は階段から転がり落ちて入院してしまいました。

 

父も痛い思いをし、大変だったと思います。

娘としては夏休みより父の心配するのが当然なのでしょう。

 

ええ、たとえ予定していた計画が全てキャンセルとなり

夏休みが父の部屋から病院へ往復するだけで終わってしまい

唯一の思い出が父の部屋の小さなテレビで見た、

墨田川の花火中継だったとしても。です。

 

まあ今では階段から落ちた事なんて無かったかのように

ゴルフなんて楽しんじゃってますけどね。

 

娘がぎっくり腰で苦しんでいる中

ゴルフなんて楽しんじゃってますけどね。

 

こんな風に父に対する様々な思いをめぐらせながら

腰の痛みと、走り回る犬に格闘する1日を送ったのでした。

 

父の記憶力

こんにちは、事務員Tです。

 

当事務所の米倉先生は記憶力が良く、

法律に関することを質問すると、スラスラと教えてくれます。

 

一方私は忘れっぽい性格のため

大切なことは片っ端からメモをしているメモ魔です。

特にお仕事では「忘れちゃった」という事はないように

日々メモをして頑張っております!

 

と、そんな私の努力などどこ吹く風で

他人に興味のない父は、自分事の以外は記憶力が皆無です。

 

その昔、妹の幼稚園でお遊戯会があったとき

子どもの行事など興味のない父親を

ビデオ係として無理やり連れて行ったことがありました。

 

行事が終了した後

家でビデオを確認してみたら妹は映っておらず

ずっとよその家の女の子が映っていました。

どうやら父は妹の顔をしっかりと覚えていなかったようです。

 

ちなみにステージ上には妹を含めた3人しかいませんでした。

つまり3人だけなのに妹が分からなかったという事になります。

その後、妹の行事では私がビデオ係になったのは言うまでもありません。

 

また別の日のこと。

たまたま妹(当時小学生)が不在で、

代わりにイトコ(小学生男子)が遊びに来ていた事がありました。

 

父が仕事から帰ってきて、

イトコを交えて夕食を食べて始めてから30分ほど経過した頃

父はイトコの顔をまじまじと見つめて

「妹じゃないな」と呟きました。

 

我が家は一般庶民なので

10メートルもあるダイニングテーブルで

広々と食事をしていたわけではありません。

手をのばせば隣の人にぶつかるくらいの普通のテーブルです。

 

私は父の発言にとても驚いたのですが、母は慣れたもので

「人数がいつもと一緒だから、気が付かなかったのねー」

とのんびり言っていました。

 

えっ、お母さん、なぜ納得できるの?

わからない。この両親がわからない。

と、当時恐怖を感じたのを覚えています。(今は慣れました)

 

ちなみに父親はよくテレビの横にお金を置きます。

お財布を持たないので、普段はテレビの横にお金を置いて

必要な時にそこからポケットに入れていくのです。

 

記憶力皆無のような父親ですが

テレビ横のお金を100円でも隠すと気が付きます。

どうやら父にとっては娘より100円玉の方が覚えているようです。

 

なお、ここまで妹の話ばかりですが、私の話ももちろんあります。

父に私の結婚式の日取りを伝えたとき

「その日に見たいゴルフ中継があるんだけど、行かなきゃダメなのか」

こんな素敵なセリフを言われました。

 

もちろん結婚式には強制参加させたのですが

式の途中でもゴルフを諦めきれなかった父は

「ゴルフの中継が始まるから、もう帰っていいか?」と母に聞いたそうです。

 

きっと父にとって結婚式の記憶は

「ゴルフが見たかった」の一言に尽きるのだと思います。

 

まあ、、、こんな感じの父の元で育ちましたが

妹ともども道を外れることなく、前向きに生きています。

 

ワタシワタシ詐欺

こんにちは、事務員Tです。

 

突然ですが、静岡県のオレオレ詐欺の被害件数をご存知でしょうか

月平均12件、被害額は毎月2600万円程度だそうです。

何故このような事を書いたかというと

先日私が父親に詐欺まがいの電話をしたからです(イタズラですよ)

 

事の発端は、私が夫に連絡を取ろうとしたところ

誤って父親の携帯に電話をかけてしまった事から始まりました。

すぐに間違いに気づいたのですが

「間違えた、用事はない」と言って切るのも味気ないと思い

突如オレオレ詐欺ならぬワタシワタシ詐欺をしてみよう!と思いついたのです。

 

「もしもし私だけど」

「うん」

「突然なんだけど、どうしてもお金が必要になっちゃって……、お父さん100万円ほど貸してくれない?」

「……ハハッ」

 

ブチッ。ツーツーツー。

 

早い。

切るのが異様に早い。

普段は亀のようにゆっくりなくせに……。

というか事情くらい聞いて頂きたい。

 

お父さん、携帯に私の名前が表示されたよね?

間違いなく娘からの電話だってわかったよね?

なのに切っちゃうのね。

しかも笑いながら切っちゃうのね。

容赦ないですね。

 

結論1:父はオレオレ詐欺には引っ掛からない。

結論2:そもそも娘にお金を貸さない。

 

イタズラを仕掛けた私が悪いのですが

無駄に心が傷つく結果となりました。

 

後日母親にこの事を伝えたら

「あの人は還付金詐欺なら引っ掛かると思う」

という謎のアドバイスをもらったので

今度やってみようと思います(嘘です)

 

 

 

 

人生の楽しみ

こんにちは、事務員Tです。

 

電力不足が叫ばれているこの夏ですが

弊社はクーラーの設定温度を高めにし

扇風機を併用しながら頑張っております!

 

ところで私の実家は海に近いのですが

ある時期立て続けに風車が設置されたことがありました。

 

私の風変わりな父は、なぜか工事現場を見るのが大好きなようで

毎日せっせと見学しに行っていました。

 

工事現場の人はきっと「また来た」と思っていたに違いありません。

現場の方々、やり辛かったと思います。申し訳ありませんでした。

 

雨の日以外は毎日見学に行っていた父ですが

最後の風車が完成したある日。

見学から帰って来た父が一言いいました。

 

「人生の楽しみが無くなった」

 

それを聞いた私はビックリしました。

なぜならこの時、私は出産のために里帰りしていたからです。

このセリフを吐いた父の横には

彼にとって初孫である産まれたばかりの赤ちゃんがいたのです。

 

人に興味のない父ですが

さすがに初孫は違うのでは、と期待していましたが

そこはブレずに 風車>初孫 だったようです。

 

そんな人として何かが欠落している父ですが

唯一救いがありました。

それは孫の誕生した月を覚えていることです。

 

え、それって当然なのでは……。

と皆様お思いになるでしょう。

しかし我が父にとって当然じゃないのです。

 

なぜなら彼は娘である私と妹の誕生月を

何度言っても全く覚えないからです。

 

誕生した“日にち”ではありません“月”です。

12ヶ月しかない誕生“月”が覚えられないのですから

31日もある誕生“日”など分かるはずがありません。

そこは諦めています。

 

そんな父が孫の誕生した「月」を覚えている。

これはかなりの奇跡です。

やはり僅かながらも孫には興味があるのだと思います。

 

風車の工事予定はしっかり覚えているけれど

家族の誕生日は覚えられない。

それが私の父という生き物です。